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もはやブログじゃない

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2012年 01月 25日






===路上の姫様===


昔から努力をするのが嫌いだった。
人生に刻まれた”やれなかった”は数少なく、それらを圧倒する量の”やらなかった”が自分を支配していた。
そんな自分に嫌気が差していたのだろうか、僕は目の前の光景を見ながら思った。

人生というのは、いつ何が起こるのか分からない。
たまたま入った喫茶店で知り合った女性と恋に落ち、数年後には毎朝味噌汁を作ってくれる奥さんに変わる。そんなことだってある。

今日は妙に気分が良かった。
まるで誰かが背中を押してくれているようだった。
それを言い訳にするつもりは無いし、むしろ努力嫌いな自分がしたには見事すぎる結果だと思う。

僕は傍にあるテーブルに血がベットリついた包丁を置いた。






===天空の虫ケラ===


窓にある格子が邪魔だ。
そう思ったのが全ての始まりだった。

普段使わない部屋の普段使わないタンス、そこから取り出したのはこれまた普段使わない電動ノコギリ。
2階なのに手すりやベランダが無く、大きすぎる窓に危惧したのかこの窓には格子が付いている。
もしかしたら前に住んでいた人が足を滑らせて落ちてしまった、なんていうこともあったかもしれない。

仕事と仕事の間、まさにオアシスのような休日に私は何をやっているのだろうか。
ギーギーと派手な音が部屋に響くが、怖さから来る躊躇でなかなか強く力を入れれない。
格子はなかなか固い。何かの反動で電動ノコギリが私の体に食い込むようなそんな気がして、なかなか力を入れれない。

「ねぇ、それうるさいよ」

ダイニングテーブルで娘とお絵かきをしていた私の妻が私の目を見ながらそう言った。
結婚した当初はアツアツカップルなんて言われたりもした。
しかし形あるものはどんなものでも朽ちていくものである。
かつてそこにあった愛はどこかへと消え失せ、テレビの上に置かれた真っ白なウエディングドレスを来た笑顔の妻と少し照れてる私のツーショットの写真だけが、それを無情に告げていた。

娘も最初は可愛かった。世界中の誰よりも可愛いと、本気でそう思った。
親バカと誰に呼ばれようが、仕事の無い日は1日中娘と遊び、仕事が有る日も同僚や上司の誘いを断り一目散に家へ帰った。
妻に「人付き合いは大事よ」と笑われたのを覚えている。

妻はすっかり私に愛想をつかし、見なければいいのに彼女の携帯を見た。
そこに表示されていた見知らぬ男の名前を見たとき、私の中で今まで築き上げてきたものが音をたてて崩れるのが分かった。


数日後、格子を全て切断することに成功した。
力を少し入れれば簡単なことだ。しかし古いものなのかこの電動ノコギリは切れ味が悪い。
また、新しいものを買う必要があるかもな。と思い冷蔵庫に磁石で張られたメモに「電動ノコギリ」と書いて気付いた。

あぁ、そうか。
もう私は買い物に行ってくれる人が、いないんだったな。






===薔薇の天使===



前を歩いていた男性がハンカチを落とした。
それは私の目を惹きつけるには十分すぎるほどの落ちっぷりだった。
まさかわざと落としたんではあるまい、そう半信半疑で落ちたハンカチに手を伸ばしたときだった。

「ちょっと!」

僅か数コンマ先にハンカチを落としたことに気付いた男性がハンカチを私から奪い取るようにして捥ぎ取った。

「泥棒ですか?警察に突き出しますよ」

男性は私のいる場所とは違うところで怒っているように見えた。
どうやら私が親切で拾ってあげようとしたのが、相手からはそれを盗ろうとしたように見えたようだ。

「いや、拾ってあげようかと...」
「ふざけるな!!」

男は私が言葉を言い終わる前に鼻息を荒くしながら食い気味に怒鳴りだした。
当然その声で周りにいた人は、歩きを止め、2人の会話を耳に挟み、また違う人はどうせカップルの喧嘩だろと何もないように通り過ぎていく。

男はさらに鼻息を荒くし私の手を強く掴み、「警察に突き出してやる」と完全にヒートアップし私を引き摺りだす。
周りにいた人に助けを求めようと辺りを見渡したが、変なことには首を突っ込みたくないのか誰も知らないふりをする。

「あの、ちょっ」

怖くて声が上手く出てこない。
私の腕を掴む男の手の力はとても強く、女の私が振りほどけるものではなかった。



人は、人をすぐ裏切る。
過去の鮮やかな関係など意味が無い。未来とは過去の塗り替えだ。そうやって過去は消えていく。
中学の頃から仲が良かったサトミちゃんに、この間「ごめん、私...悪い男に捕まっちゃった....前に私付き合ってる人がいるって言ったでしょ?その男が実はさぁー詐欺師みたいでさぁー慰謝料がどうのこうの言い出して200万必要になったんだ....貸してくれる?」と出来れば関わりたくない問題に無理矢理引きずり込まれたが、親友のサトミちゃんが泣きながら頭を下げてくる様子を見て、私はお金を貸してしまった。

それから数日後でサトミちゃんとは連絡がつかなくなった、っていうのはありきたりの展開。
付き合ってた男とグルで私からお金を盗ったっていうのもその数日後に知った。

よくある話。そんな話ならこの世界のどこにも埋もれてる。
だから私は牙を向けた。
どんだけ長い期間を共に過ごした友人よりも、たった数ヶ月しか一緒にいなかった男を信じる、それが女という生き物なのだ。

戸惑いは無かった。むしろ快感とも言える小さな波がフツフツとこの胸を締め上げた。
中学のときのテニス部の合宿で「高校生になってもずっと親友でいようね」と約束したこととか、高校生になって彼女は私の手の届かない場所へ行ってしまったこととか、そういった記憶の断片が頭の中を少し掠める程度だった。

私は気付けば笑っていた。
世の中は正常に流れている。
心臓に手をやれば、ドクドクと脈を打ってるのが分かる。
しかし、それだけだは生きている証にはならない。
誰かが私と会話し、誰かが私を褒め、称え、時には喧嘩をし、生きていることを実感する。
そう思っていた。
簡単な方法だ。
さっきまでうるさかった奴が黙る。それだけのこと。
それだけでそんな綺麗事をいくつも並べるよりもはるかに、はるかに生きている実感を味わうことが出来る。

ハハハハハハッ
ハッハハハッハ

楽しいよ。私は生きてる。
それが手に取るようにわかる。

それが楽しくて仕方が無い。








===路上の姫様===


トマト料理、というのはベタだったかもしれない。
よくあるやつだ。そういう類の料理だけを載せている本なんてザラにある。

だから僕は魚を買ってきた。
野菜が無理なら、魚だ。
栄養は野菜と肩を並べるほどだ。

2時間もかかった。
手料理などいつも食べてばかりで、少し作ってみると大変さがよく分かる。
でも、僕は努力をした。
それだけでも十分に価値のある行動だった。

隣にいる佐緒里は嬉しそうに笑う。

「私、魚好きなんだ」







===天空の虫ケラ===



先日携帯に入っていた男のことについて聞いてみた。
やはり、こういった話をするときは状況が大切なんだろう。
そう思った私は早くに娘を寝かせ、離婚届を机に出しながら真剣な顔つきで妻に聞いた。

すると妻は少し戸惑った顔で、怪訝な表情で、しばらくして笑った。

「バカね、高校のときの友達よ」

長くて綺麗な髪をかきあげながらそう言った。

「明日も早いから寝るね」

それだけ言って寝室へ向かおうとする妻。
しかし妻の言葉に嘘は感じ取れなかった。
どうやら最近うまくいってない夫婦生活について友人に相談していたようだ。
私は寝室へと向かう妻の背中へ声をかけた。

「千佳代、夫として何もしてあげれなくて悪いな。上司から温泉旅行のペアチケットをもらったんだ。私は仕事で行けない。沙季と一緒に行ってきなよ」


それからだ、窓にある格子が邪魔だなと思ったのは────









===薔薇の天使===


─────
───




人は人をすぐ裏切る。
しかし、人は人無しでは生きていけない。

あなたの心の中に、頭の中に、体の中に、親友と呼べる人は存在していますか?
本当に友達と思っているなら、そんな人にお金を借りたりはしない。




くだらない。
汗がシャツにベッタリへばりついている。

シャワーでも浴びようか、私は眠い目をこすりながら目覚まし時計のベルをとめた。

by Kichigaiiiii | 2012-01-25 22:58 | .